字足らず
字余りの俳句のページにも書きましたが、俳句は五・七・五音で作るのが原則です。
それは、和歌などで古くから用いられてきた五・七・五音は、声に出してみると実に聞き心地のよい調べやリズムを持っているからです。
この五・七・五音の定型よりも少ない音数で作られた俳句を「字足らず」と言います。
意味ばかりを重視し、音を軽視して作った安易な字余りの俳句は、とても聞き心地が悪いものですが、字足らずの俳句の聞き心地の悪さは、その比ではありません。
例を示しましょう。まずは、次の私の作品を読んでください。
暫くは猫を摩りて門火あと
凡茶
門火とは、お盆に仏様の霊魂を迎えたり、送ったりするために門の前で焚く火のことで、迎え火、送り火とも言います。
この句を、わざと四・七・五音、五・六・五音、五・七・四音の字足らずに改変したものを下に掲げます。読誦してみてください。
暫く/猫を摩りて/門火あと
(四・七・五音)
暫くは/猫摩りて/門火あと
(五・六・五音)
暫くは/猫を摩りて/送り火
(五・七・四音)
どうですか?
どの句も、元の俳句に比べ、調べ・リズムがすごく悪くなったと感じたはずです。
ですから、字足らずの俳句を作ることは、極力避けねばなりません。
日短(ひみじか)を用いた字足らず
「字足らずの俳句を作ることは、極力避けねばなりません」と述べた直後に恐縮ですが、ここで字足らずの俳句が積極的に詠まれるケースを紹介しておく必要があります。
それは「短日」という季語を、「日短」という形で下五(座五)に置く場合です。
下記の例句を読んでみてください。
買物はたのしいそがし日短
星野立子
少しづゝ用事が残り日短
下田実花
いずれも五・七・四音の字足らずですが、日短は、「ひ●みじか」のように、●のところに「間」をとって五音のように読むことができるため、字足らずが気にならなくなります。
いや、気にならないというより、このようにすると、年末に向かって日に日に昼が短くなる時期のせわしない気分がよく表現されて、かえって面白い仕上がりの俳句になります。
また日短は、「ひ」と「み」のあいだに「い」に近い音を入れ、「ひぃみじか」と関西弁のように発音しても五音に聞こえるので、関西を舞台にした俳句を詠むのにも適しているように思えます。ここで拙句を一つ。
大阪の陰喰ふ鼠日短
凡茶
数少ない字足らずの成功例
日短を用いる場合を除き、字足らずの俳句は、字余りの俳句以上に佳句が生まれにくいため、基本的には詠まないよう心がけるべきです。しかし、字足らずの名句が全く存在しないわけではありません。例えば次の二句。
と言ひて鼻かむ僧の夜寒かな
高浜虚子
あめんぼと雨とあめんぼと雨と
藤田湘子
一句目は四・七・五音、二句目は五・七・四音の字足らずになっていますが、「と言ひて鼻かむ僧の夜寒かな」と「あめんぼと雨とあめんぼと雨と」の太字で示した「と」は、その前後に「間」を読み取ることができ、一字で二字分の音を感じるため、いずれの句も定型の句を読んだような味わいになっています。
ただ、このような句は初心者が狙って詠めるようなものではなく、自然に出来上がり、あとで「そういえば字足らずになっているな」と気づく、例外的な傑作であるように思えます。
やはり俳句の経験が浅いうちは、「字足らずは詠まない」と強く肝に銘じて作句に臨む必要があるでしょう。
おわりに
ここまで当記事をお読みいただき、ありがとうございました。
最後に、筆者が遊び心で詠んでみた字足らずの俳句を紹介させてください。
駄句になることは覚悟の上で創ってみました。
雪載せて猫戻りけりさお食べ
凡茶
下五の「さ」の前後に、うまく「間」を表現することはできたでしょうか。