「や」~代表的な切字(1)~

猫柳(俳句の作り方)

はじめに

切れと切字のページで、かなけりの三語は、詠嘆えいたんの意を特に強く表現でき、かつ、一句の調べを美しく整えることのできる、切字の代表格とであると述べました。

このページでは、その三語の中でも、特に頻繁に利用される「や」の用い方や効果を説明していきます。

どのような語の後ろに「や」を接続できるか

切字の「や」は、名詞・代名詞などの体言、動詞・形容詞・形容動詞・助動詞など活用語の終止形・連体形・命令形、あるいは助詞など、様々な語の後ろに接続させることが可能です。

このことは、同じく代表的な切字である「かな」が体言または活用語の連体形の後ろに接続し、「けり」が活用語の連用形の後ろに接続すると決まっていることとは対照的です。

この接続の自由さは便利なようで、かえって初心者を悩ませます。

しかしながら、歳時記などに載っている俳句を見ると、切字の「や」の大半は名詞の後ろに接続していることがわかります。次の二句もそうです。

荒海や佐渡に横たふ天の河
芭蕉

がらしや目刺めざしにのこる海のいろ
芥川龍之介

初学の方は、まずは名詞に「や」を接続する練習から始めてください。

また、動詞の終止形と連体形、形容詞の終止形の後ろに「や」の接続した俳句も比較的多く見出されます。例を見てみましょう。

ぶやあからさまなる灯のもとに
中村汀女

この句は、動詞「食ぶ」の終止形に「や」が接続しています。

しぐるるや駅に西口東口
安住敦

この句は、動詞「しぐる(時雨る)」の連体形に「や」が接続しています。

つゆけしや妻が着てる母のもの
細川加賀

この句は、形容詞「露けし」の終止形に「や」が接続しています。
「露けし」とは、あたりに露がりてしっとりと湿っている様子を指す言葉です。

名詞に「や」をつけることに慣れてきたら、次は、動詞の終止形・連体形や形容詞の終止形の後ろに「や」を付ける練習を始めてください。

これが出来るようになれば、「や」の接続の仕方はもう十分にマスターしたと言えるでしょう。

俳句のどこに「や」を置くべきか

下に例を示した通り、切字の「や」は、俳句の様々な場所に置くことが可能です。

1.上五の最後に「や」を置いた俳句

豊年や切手をのせて舌甘し
秋元不死男

2.中七の最後に「や」を置いた俳句

はらわたに春したたるやかゆの味
夏目漱石

3.中七の途中に「や」が置かれた句

北斗ありし空や朝顔水色に
渡辺水巴

4.下五の最後に「や」が置かれた句

くわんのんのながきおんてのつゆけしや
野澤節子

3の水巴の句は、上五が字余りです

4の節子の句を漢字も使って表記すると「観音の長き御手の露けしや」となるのでしょうが、あえて「ひらがな」だけで表記しているため、観音様の腕のしなやかさ、たおやかさが読む側によく伝わってきます。

俳句では、漢字、ひらがな、カタカナの選択も、作品の優劣を決める重要な要素になってきますね。

さて、切字の「や」の置き方をいくつか見てきましたが、例示したタイプのうち、特に多くまれるのは、上五の最後に「や」が置かれた1のタイプと、中七の最後に「や」が置かれた2のタイプです。

次節では、上五の最後に「や」、あるいは、中七の最後に「や」の置かれた俳句のうち、初心者に早めに習得していただきたい、俳人が特に頻繁に用いる俳句の形を紹介していきます。

切字の「や」を用いた俳句の形

上五の名詞に「や」をつけて切り、句末を名詞で結ぶ

名句・佳句の多い、最も使いこなせるようになっていただきたい俳句の形です。
筆者も若い頃から多用しています。
いくつか例を見てみましょう。

01.夏草や兵共つわものどもがゆめの跡
芭蕉

02.三月やモナリザを売る石畳
秋元不死男

03.かなかなや文字の小さき置手紙
凡茶
かなかな:蜩(ひぐらし)の鳴き声

04.古池や蛙飛かわずとびこむ水のおと
芭蕉

05.中年や遠くみのれる夜の桃
西東三鬼

上の5つの例句のうち、01~03は季語に切字の「や」が接続していますが、04と05は季語以外の語に「や」が接続しています。

切字の「や」が接続する語は、一句の中の主役です。
季語以外の語に「や」を付けて切る場合は、その語が、季語以上に一句全体のイメージに影響する中心的役割を果たす語になっている必要があります。
上の例句を読み返して、納得してください。

上五の名詞に「や」をつけて切り、句末を助詞の「に」で結ぶ

これも頻繁に目にする俳句の形です。まずは、例句を鑑賞してみてください。

06.菜の花や月は東に日は西に
蕪村

07.たんぽぽや日はいつまでも大空に
中村汀女

08.紙雛かみびなや古都の夕雨ゆうさめ田に畑に
凡茶

上五をしっかりと切る「や」と、締めくくりにサッと流すように用いる「に」の相性は抜群です。積極的にこの形の作品を詠んでいきたいものです。

「や」で中七の後ろを切り、句末を名詞で結ぶ

これまた名句・佳句の生まれやすい俳句の形であり、使いこなせるようになると重宝します。初心者はぜひ自分のものにしてください。

09.蝋燭ろうそくのうすき匂ひや窓の雪
惟然

10.くれば東海道や冬ごも
几董
明くれば:開ければ

11.火を投げし如くに雲やほうの花
野見山朱鳥

12.めすらしき亀の二郎や花月夜
凡茶

以上、マスターしておきたい「や」を用いる俳句の形を3パターン紹介しましたが、もちろんこれら以外にも、聞き心地の優れた形は無数に存在します。
歳時記等で俳句と出会いながら、どんどん身につけていきましょう。

なお、筆者(凡茶)の著書『俳句の入門書【初心者から中・上級者まで】』では、覚えておくと役立ちそうな「俳句の形」を、例句を豊富に添えて多数紹介しています。
よろしければ、購入をご検討ください。

そのうち、当サイトでも自著を積極的に紹介していくつもりです。準備が整うまでしばらくお待ちください。

切字の「や」を用いて得られる効果

切字の「や」は、その直後の俳句の切れ目にをつくります。

そして、そのからは余情が生まれ、生まれた余情は、それを感じ取った読者の頭の中で広がっていきます。
例えば、次の句を見てください。

涼しさや鐘を離るる鐘の声
蕪村

この句、上五と中七の切れ目に「や」の作ったがあります。
そのため、上五を読んだ時点で、読者はその間を埋めるように、様々な事物を頭に思い浮かべます。

汗ばんだ体を洗ってくれるような夕の風、まだ明るさの残る空に灯る星たち、昼の暑さから解放されて精気の戻った市井の人々等々…。

つまりこの蕪村の句は、「や」が生み出した間によって、上述のような心地よい時空間を読者に連想させ、その上で、中七・下五でこれまた心地よい鐘の音を読者に聞かせているのです。

もし、この名句を、次のような、切字「や」を用いない句に変えてしまうとどうでしょう?

涼しげに鐘を離るる鐘の声
(筆者・凡茶による改作)

言外の情趣などほとんど湧かない駄句になってしまうことがおわかりいただけると思います

もう一句例を見てみましょう。

せんじ茶や人待つ宿の雪女
儀久

この句の場合は、「や」の直後のから、茶をれる音、その音の背後にある静けさ、その静けさの奥底にある恐れのようなものが、ずっしりと心に伝わってきます。

この句から切字の「や」を取り去ってしまうとどうでしょう?

茶をれて人待つ宿の雪女
(筆者・凡茶による改作)

やはり、静かさの中に雪女の気配を感じ取った作者の心細さが、あまり伝わってこない作品になってしまうようです。

切字の「や」は、その直後のに、趣き、深み、感動などを生み出し、膨らませる効果を持つ、俳人にとって素晴らしい道具です。

また、「や」は、散文調の凡庸な句を、味わいのある韻文に高めてくれる力も持っています。
初心者の頃から多用し、扱いに慣れていきましょう。

おわりに

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

当サイトの各記事に設けている「おわりに」の節には、読後感ができるだけさっぱりとするように、「かろみ」「おかしみ」のある文章を書くよう心がけています。

しかし、ここでは、読者のみなさんを陰鬱な気分にしてしまうかもしれない、自分の苦い経験を書いた重い文章を載せたいと思います。

私(筆者の凡茶)は、かつて『季語めぐり』『俳句の作り方』というブログを執筆していました。

当記事もそのうちの『俳句の作り方』に載せていた記事を、加筆修正したり、例句を一部入れ替えたりしてアップロードしたものです。

実は、旧ブログに掲載していたこの記事の元記事ですが、別のブロガーに丸々コピーされ、まるでそのブロガーが自分で書いた記事のようにネット上に掲載されてしまったことがあります。

その方も、本来やってはいけないことをしているという自覚はあったのでしょう、コピーした私の記事から、元の作者がわからなくなるように私の詠んだ例句(凡茶の俳句)をきれいに抜き取って、自分で書いた記事のように公開していました。

この事実を知ったとき、本当に悲しい気持ちになりました。

当サイト『季語の庵』の執筆を始めてからも、

「私がかつて自分で書いた記事を再利用すると、私が、その記事を盗用した心無い人たちの記事を盗用したと、誤解されたりはしないだろうか…?」

などという心配が湧いてきて、サイト創りという本当は楽しいことをしているはずなのに、なんだか沈んだ気持ちになってくるということが、しばしば起きました。

こんな鬱屈とした状態から抜け出し、早く弾むような気持でサイト運営を出来るようになりたい、そんな思いから、今回は、腹に据えかねる感情を思い切って文章化し、こうして公開させていただきました。

重たい文章をごめんなさい。

最後に、冒頭に掲載した猫柳ねこやなぎのイラストを見て思いついた俳句を掲げておきますので、お口直しに鑑賞してみてください。

神の目を気にしてふるるねこやなぎ
凡茶

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